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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8675号 判決

原告 小林商事有限会社

右代表者代表取締役 小林雪

右訴訟代理人弁護士 木下達郎

川野碩也

被告 株式会社富士工

右代表者代表取締役 日高勲

右訴訟代理人弁護士 畠山保雄

堀内俊一

田島孝

主文

一、被告は原告に対し五一七万四六三〇円と内金三四四万四〇〇〇円につき昭和五二年七月二一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は四分し、その三を原告、その余を被告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

一当事者の求めた裁判

1. 原告

(一)  被告は原告に対し金一三一六万六〇一〇円と内金一一四三万五三八〇円に対する昭和五二年七月二一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

2. 被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求原因

1. 原告は、昭和五二年七月二一日原告を注文者、被告を請負人として、請負代金一億一〇〇〇万円の約定で金華山ビルの建築工事請負契約を締結し、同日被告に対し四二〇〇万円を前払金として支払った。

2. ところで、原告は同年八月ころ、右請負契約を合意解除した。

3. 原告は、被告に対し前記前払金四二〇〇万円の返還請求権を有するところ、被告に対し二五六万四六二〇円の損害賠償義務を負うものとみられるので、本訴状の送達により相殺の意思表示をした。

4. 被告は昭和五三年七月三一日右前払金の返済として二八〇〇万円を支払い、原告はこれを元金の一部に充当した。

5. よって、原告は被告に対し前記前払金返還請求権の残額一一四三万五三八〇円と返還ずみの二八〇〇万円に対する支払の日である昭和五二年七月二一日から五三年七月三一日まで商事法定利率年六分の割合による利息一七三万〇六三〇円の合計一三一六万六〇一〇円及び内金一一四三万五三八〇円に対する支払の日である昭和五二年七月二一日から完済に至るまで商事法定年六分の割合による利息の支払を求める。

三、被告の答弁

請求原因第1、2、4項の各事実を認め、その余は争う。

四、被告の主張

1. 本件請負契約の解除により、原告が被告に損害の賠償をなすべき義務のあることは、原告の自認するとおりである。

2. 被告の損害額につき、原告は金二五六万四六二〇円というが、その額は左のとおり金一三九六万一五〇〇円を下らざる額である。

(一)  仲介手数料金四〇〇万円

被告は、本件請負契約が成約したことにともない、仲介手数料として、本件工事の紹介者であった訴外野口宗彦に金三〇〇万円を、また、当初本件工事の設計施工を行うこととなっていた訴外池田建設(株)に金一〇〇万円を支払った。

(二)  工事関係費用金四四六万一五〇〇円

被告は、本件工事の着工のため地質調査を行い、また事前準備として、アパート(現場関係者の宿泊施設)や事務所の借受け、整備や仮設の電気・水道の引きこみ、工事用地の整備などを行ったが、このために左の費用を支出し又は要している。

(1)  下請業者への発注工事費

工事名

発注先業者

支払金額

事務所内装工事

邦和内装(有)

三〇〇、〇〇〇円

既存土間解体工事

(株)今西建設

五五〇、〇〇〇円

仮設電気工事

(株)船見組

二五〇、〇〇〇円

仮設水道工事

三洋工業(株)

四〇〇、〇〇〇円

試験費(ボーリング)

氷室産業(有)

一五〇、〇〇〇円

特殊基礎工事

氷室産業(有)

一〇〇、〇〇〇円

合  計

一七五万円

(2)  現場諸経費

測量器具損料

三一、五〇〇円

事務所備品費

五三、七〇〇円

水盛遺方費

三五、〇〇〇円

公道清掃補修費

九六、〇〇〇円

人夫賃

二四、〇〇〇円

動力用水光熱費

一六、八〇〇円

租税公課

五〇、〇〇〇円

家賃

三九三、〇〇〇円

従業員給料

七六二、〇〇〇円

通信費

三〇、八〇〇円

旅費・交通費

三七四、六〇〇円

雑費

三八九、四〇〇円

設計費

三九八、〇〇〇円

交際費

五六、七〇〇円

合計

二七一万一五〇〇円

(三)  利益額金五五〇万円

本件工事によって被告が得る粗利益額については、実行予算として請負工事金額の一二パーセント相当額金一三二〇万円を計上していたところであって、本社経費等の一般管理費を差引いた利益額としては五パーセントに当る金五五〇万円を下ることはない。

3. なお、本件工事の中止にともない、被告は原告の指示により別途工事として敷地の囲いなどを行ったが、その工事費五九万四五〇〇円(内訳は左のとおり)につき原告は被告に支払をなすべき義務がある。

場内敷砂利 六八、〇〇〇円(二〇m3×三、四〇〇円)

フェンス新設 一六六、五〇〇円(九m×一八、五〇〇円)

フェンス引戸 二七〇、〇〇〇円

取付運搬費 九〇、〇〇〇円

4. 以上のとおり、被告は原告に対し金一三九六万一五〇〇円を下らざる損害賠償請求権及び、別途工事代金五九万四五〇〇円の各債権を有するので、原告の本訴請求に対し、その対当額をもって相殺する。

五、原告の認否

1. 被告主張の仲介料を原告が負担すべき筋合はない。

2. 事務所内装工事費が三〇万円になることは否認する。仮にこれが支出されても、工期は昭和五二年七月二一日から同年一二月二〇日までであり、仮設事務所の設置、解体費は、一人 たりの日当七〇〇〇円として延人員一〇名計七万円であり、資材の損料も四万六〇〇〇円とみれば十分であって、合計一一万六〇〇〇円にすぎない。

3. 既存土間解体工事費は、契約書に定めたとおり二〇万円に限られるべきである。

4. 仮設電気工事費は、契約書記載のとおり八万円であり、ただ、中途解約に伴い、本工事に含まれる予定の架線引込み費用を仮設電気工事費に含ませる必要があり、これを包含すると二五万円になるものと思われる。

5. 仮設水道工事費は否認し、試験費(ボーリング)と特殊基礎工事費は認める。

6. 原告が現場経費として肯認しうるのは、契約書記載の四四〇万円のうち、予定工事期間(五か月)中解約までの一か月間に相当する八八万円に限定される。

7. 利益については、工事出来高に応じた分に限られるべきである。

8. 追加工事については、被告主張の金額を認める。

六、証拠〈省略〉

理由

一、原告と被告が昭和五二年七月二一日金華山ビル建設工事請負契約を締結し、前払金として原告から被告に四二〇〇万円を支払ったこと、原被告間で同年八月右契約の合意解約をしたことは、当事者間に争いがない。

二、証人阿川征郎の証言(第一回)によると、前記解約の理由は、本件ビルがいわゆるトルコ風呂営業を目的とするものであったところ、風俗営業取締法規上学校等の文教施設から直線距離で三〇〇メートル以上の間隔を要するものとされているのに、本件ビルはこれに牴触し建築許可の見込みがないため、原告の申入れにより解約したことが認められ、他に同認定に反する証拠はない。

三、民法六四一条によると、注文者は請負人が仕事を完成しない間はいつでも請負人の損害を賠償して解約することができるものと定められているので、本件においても、被告主張の損害がどの範囲で原告の賠償対象となるべきかにつき検討を要する。

右法条の趣旨は、注文者に不必要となった仕事の完成を強制することは無意味であるから、請負人に損失を被らせないことを条件にいつでも自由に解約することを認めたものにほかならない。従って、注文者において賠償すべき請負人の損害の範囲は、請負人がその仕事のために購入した材料や雇入れた労務者の労賃など既に支出した費用及びその仕事の完成による得べかりし利益の両者を包含するものと解される。

四、右解釈を前提として、成立に争いのない甲第一、第四号証、証人阿川征郎の証言(第一、二回)とこれにより成立を認めうる乙第一、第二号証、第三ないし第七号証の各一、二、証人伊藤孝次、同小林徳司の各証言(ただし、後記措信しない部分を除く)を総合すると、次のとおり認定判断するのが相当であり、証人小林徳司の証言中右認定に添わない部分は採用しない。

1. 仲介料四〇〇万円について

被告は、原告と本件契約を締結した昭和五二年七月二一日に原告より受領した前払金四二〇〇万円中より原告を紹介した仲介料として、訴外野口宗彦に三〇〇万円、池田建設株式会社に一〇〇万円を支払った。野口は本件請負契約書に注文者の支払義務につき保証人として署名押印しているが、右仲介料自体は原被告の契約に基づくものではなく、被告と野口との契約外における合意に基づくものであったため、被告は原告に対しその金額を請求せず、全体の見積金額に按分して水増し加算し、他方、原告としては池田建設株式会社に設計料として四〇〇万円を支払済みである。

かように、右仲介料支払は、原告の全く関知しない本件契約成立以前に被告と野口らとの間で約定されたものであること、また、後記のように、被告は本件契約の中途解約にもかかわらず、契約が完全履行されたときの得べかりし利益を原告より損害賠償として取得することができるのであるから、前記仲介手数料を被告の負担としても、必ずしも不公平ではないこと、など総合勘案すると、これを本件損害として原告に賠償請求することは肯認し難いものといわなければならない。

2. 被告は、工事関係費用として、被告の主張にかかる(一)下請業者への発注工事費一七五万円、(二)現場諸経費二七一万一五〇〇円、合計四四六万一五〇〇円(明細は被告主張のとおり)を支出した。なお、右は契約金額(甲第一号証)と若干相違するが、契約書金額は契約が完全履行されることを前提とするものであるから、本件のごとく中途解約による場合はその実質的支出額によるべきものと解するのが相当である。

3. 利益について

本件請負工事と同種のものでは、その粗利益が請負金額の約一二パーセント、純利益率が約五パーセントであって、本件工事金額が一億一〇〇〇万円であるから、本件工事が中途解約されないで完成されたときの被告の得べかりし利益は五五〇万円である。

4. 追加工事について

被告主張のとおり五九万四五〇〇円であることにつき当事者間に争いがない。

以上2ないし4,の合計金額一〇五五万六〇〇〇円について原告は被告に対しその損害賠償義務がある。

五、被告が原告に対し昭和五三年七月三一日本件前払金の返還として二八〇〇万円を弁済したことは当事者間に争いがない。

そして、被告が前記損害賠償債権一〇五五万六〇〇〇円と原告の本件前払金返還債権とを本件訴訟において相殺の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるから、これらを控除すると、残額は三四四万四〇〇〇円となる。

従って、本訴請求は、右残額三四四万四〇〇〇円及び原告の前払金交付の日である昭和五二年七月二一日から被告が二八〇〇万円を支払った五三年七月三一日までの商事法定の年六分の割合による利息一七三万〇六三〇円の合計五一七万四六三〇円と内金三四四万四〇〇〇円に対する昭和五二年七月二一日以降完済に至るまで年六分の割合による利息の支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧山市治)

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